☆ タイ~カンボジア~オーストラリア 前編 ★
みなさん、こんばんは
10月9日に旅行から戻りました。今回の旅行は3週間でしたが内容の濃いというか
ハードスケジュールで、あっちこっちに飛行機で飛び回ったって感じです。
名古屋→バンコク→カンボジア→バンコク→シドニー→メルボルン→シドニー→バンコク→名古屋
まずまず、無事に行って来れたのでほっとしております。
さて今回の旅行では、色々なところへ行ってきました。タイではアユタヤ等へ一通り
の観光地へは行ってきました。カンボジアでは、アンコールワットなど多くの遺跡を見て、
シドニーでは博物館を巡ってきて、メルボルンではグレートオーシャンロードを見に行ってきました。
このメールを受け取った人の中にも、タイのアユタヤには行った人も多いと思います。
僕はアユタヤには夜のライトアップされた時に、ツアーを利用して豪華タイ料理を頂いてから
(バンコクに滞在中はバックパッカーに泊まって食事はもっぱら屋台で20Bの食事でしたので・・・。)アユタヤへ行きました。
夜にアユタヤ遺跡に行ったため、中への入場は出来ませんでしたが、暗闇で辺りも静
かな中でライトアップされた遺跡を見て、幻想的な感じを受けました。
3箇所の遺跡に出かけたのですが、見学時間は写真の撮影時間の10分程度でツアー
は終了!夕方4時にバンコクを出発して帰って来たのは9時ぐらいでした。
ツアー参加費は1,200B(約3,600円)・・・・・。
この値段は安かったと見るか高かったと見るか。。。
(豪華タイ料理が多分この料金の内の大半かな~)
バンコクで安宿に泊まって食事は屋台で済ましていた貧乏旅行者にとっては、ツアー
参加費はその時の生活水準からすると破格の値段のような気がしました。
でも、良かったなー。アユタヤのライトアップを見に行った人はそんなにいないと思
うからいい体験が出来たと思います。。
バンコクでは、その他、王宮や暁寺院とか後は、カオサン通りに行ったり、プロレス
技をかけられているみたいなタイ式マッサージに行ったりと充実しました。
だけど、ついた翌日にワットポーへ行こうとして、船乗り場までトゥクトゥクと言う
三輪タクシーに乗行こうとしたら早速騙されてしまいました。
最初地図を見せて「ここの船乗り場まで行ってくれ」と頼むと「100B!」っと
言われて、内心おーっとっと早速吹っかけてきやがったな~っと思って「N・O」
っと言うとあっさり40Bに値下げ!!
なーんだっと思ってよしよしと思ったのもつかの間、トゥクトゥクはマフラーの爆音
とともに猛スピードで走り出し、到着したところはなんと、ホテルシャングリラ(超高級ホテル)の
前からのツアー船の発着乗り場ではなですか。
料金はなんとビックリ半日コース1,000バーツ!!(回るコースは違うのだけど
後で目的地までの公共フェリーの料金を知ってこちらもビックリ15バーツ)
騙されたーーーっと思った時にはすでに遅かった。
とても1,000バーツも出す気の無かったのでドライバーに理由を説明して違うと
ころにいってくれと頼むとこちらもあっさり拒否!?
仕方なく歩いて大通りまで出てタクシーを拾って目的地へ、結局目的地へは着いた
のだけど、無用の時間と無駄なお金を浪費してしまった。
なんだかここまでの話を聞いていると、僕がケチな人間の様に思うかも知れません
が、誤解しないで欲しいのは僕が貧乏旅行者っという事と、この旅行は
個人旅行っということです。(←自己弁護ですが・・)
とにかく、目的地に着いたので良かったと思ったのもつかの間、またしても怪しい
トゥクトゥクトライバーの登場!
男曰く、「今の時間ここは閉まっているから俺が別のところに連れて行ってやる」っ
とのこと、ガイドブックにもこの手の騙しが要注意と乗っていたので無視!!
しかし、この街はそういう旅行者相手に騙したりなんだの応酬で、道を歩けば土産物
屋からタクシードライバー、マッサージ屋から風俗の客引きやらなんやら、
1日もいると段々慣れては来るのですが、あまり長く滞在していると人間不信に
陥ってしまいそうでした。
これから、タイへ個人旅行をとお考えの方、ご注意ください!
肝心の、ワットポーや暁寺院、王宮は非常にきらびやかで、黄金を着飾って鎮座する
エメラルド仏は(実はヒスイ)豪華で美しかった。だけど、それらの建物遺跡にも
良さはあるのだけど、この後カンボジアに行ってアンコール遺跡を見て、
比較してみるとタイのこれらの建物がキンキラキンで、ただただ派手な建物のような
感じになりました。
カオサン通りにも出かけたのですが、世界中から若いバックパッカーたちが訪れてい
てなかなかの賑わいでした僕が泊まっていたところは、カオサンではなく市中心部でしたが、
僕はこの通りの安宿にはどうも泊まれそうではないきがしました。。不衛生な気がして・・。
タイでの滞在は3日間でしたが騙されたり、迷ったり、でも危険な目にはあわなかっ
たのは良かった。。
その後21日の夜の飛行機で、カンボジアのシェムリアップへ、フライトは1時間ぐ
らいでなんとプロペラ飛行機!その昔僕が高校生のときにバングラディシュに
行ったときに乗った以来プロペラ飛行機には乗ったことが無かったので、
珍しいなーっと思う半分その当時の少し危険なフライトが思い出されて
不安になりました。
でも意外と快適!!軽食もついて日本人の旅行者が多いせいか、日本人のフライト
アテンダントも同乗していました。
一時間後、現地到着。着いたのは7時過ぎ、シェムリアップ空港で入国ビザを取得
(US$20で簡単に入手)後、空港の外に出ると、50m先の駐車場から30人ぐらいの
タクシーの客引き現る!
到着客が出てくると大騒ぎ、有名人になった様な感じでした。
バンコクを出発する前に安いホテルを予約していったので僕にはピックアップのタク
シーがきていた。
空港の係員がホテルの頼んだそのドライバーを呼ぶと、ニコニコしながら走ってき
て、荷物を持って車へ。
その間、タクシードライバーの人だかりを横切ると、まだ、あきらめ切れないのか必死に
「Welcome SUZUKI」
と書かれた紙をしきりに見せてくる・・・?なぜ?っと思ってドライバーに聞くと、
「他のドライバーが僕の紙を見て、その場で書いて見せるのだ」と教えてくれた。
バンコクで少々人間不信に陥っていたのにまたここでもそれが繰り返されるのかと思ってガックリ!
なにはともあれ、ホテルに到着。ここはアンコール遺跡に来る観光客によって成り
立っている街で、いくら安ホテルとわいえ、非常に充実して衛星テレビまであってなんと
NHKが放送されていた。3日ぶりに日本の番組をみていたら小泉純一郎総裁戦について
放送していました。僕も少しだけ政治に興味があったので見入ってしまった。
おなかが減ったのでホテルから少し歩いたところにある、レストランへ、カンボジア
風山盛り野菜炒めにジャスミンライス大盛り、冷たいビール込みでUS$3-!?
なんと、この国ではUS$がそのまま使えるので(だだしお釣りは現地通貨)
物価は安いタイよりも安いと思いました。
レストランを出ると早速、例のごとくバイクタクシーの客引きの荒らし!!ホテルか
ら100メートルの場所なのにとウンザリしながら歩いていると、一人しつこくいてくる男、
英語で必死に話し掛けてくるので、この町について聞きたいこともあったので、
色々聞いていると今から街を案内してくれるとのこと、親切なのか商売なのか分からず
とりあえず両替したいからというと両替所まで行った。20分ぐらい街をグルグル
回って、英語も話すし歳も近いせいなのか、少し仲良くなって明日そのキムという
ドライバーに遺跡案内を頼んだ。
翌日、7時半からホテルを後にして一泊US$4のバックバッカ-へ、その後遺跡入場
チケット購入(3日間US$40)物価からするとかなり高額!!(*_*)
ともかく購入して遺跡へ。しばらく走っているとまず目に入って来たのは、アンコー
ルワット!!デカイ!外周を堀で囲まれていて、規模は小さいけどイメージ的には
日本の平城の感じでした。全く凄い。
何が凄いって、これだけの遺跡が約1000-1100年前に作られているということ。しか
も非常に精密かつ繊細。
そこで考えたことは、日本は1000年前ちょうど平安時代末期から鎌倉時代、その
当時日本でも平等院や清水寺などの宗教的な建物が作られていました。
日本のそれらの建物もすばらしいけど、アンコールワットは遺跡の大きさや
彫刻の繊細な感じや遺跡自体の精密さにおいて、日本の建物と同等、
それ以上のものだったと思います。
まったく凄い!!壮大!!
今ここで僕が遺跡のことについてとにかく説明しても百聞は一見にしかず、
で現地へ行ってもらえると非常によく分かると思います。
写真を見てもらえれば少しはおわかりになってもらえるでしょうか・・・・?
突然ですが今回はこの辺までにしておきます。
今回の旅行の報告メールがいつのまにか長くなってしまいました。まだまだ、たくさ
んの遺跡にいって写真を取って報告したいことがあるのですが、それはまた後日2部を
メールいたします。
このメールが、日本で旅行に行きたくても、行くことのできない人の為にほんの少し
の癒しになりますように・・。
おやすみなさい。。
Yosh,
※旅人帰国 2003.10.13
☆ タイ~カンボジア~オーストラリア 後編 ★
みなさん、こんばんは
前回のメールの続きのメールをします。前回はずいぶん長々と文章を続けてしまって
内容がわかったでしょうか・・・・?
書くたびに、もっと表現力とか言葉を知っていればなーっと思う次第です。
さてさて、とりあえずカンボジアに到着して、アンコールワットに出かけたところま
で前回は書きました。
アンコールワットをはじめとする、その他の遺跡は周辺に点在していて、3日あれば
主な遺跡は大体回れました。結局僕が行った遺跡は大小あわせて20箇所ぐらい。
どの遺跡もそれぞれ見所のある遺跡ばかりでした。
ほとんどの遺跡で見られるのは、石に非常に繊細な彫刻を施したレリーフがあります。
これは、遺跡によっても保存状況や図柄の違いはあるのですが、どのレリーフ非常に
美しく繊細に彫られています。
日本にも欄間に木を使って細かく彫刻しますが、それに似た感じでした。
とても1000年前のものとは思えないものです。
遺跡の中で、僕が一番気に入った遺跡は Ta Prohm(タ・プローム)名前を聞いてもピンと
来ないかもしれませんが写真を見てもらえれば「あーーこれかー」っと思う人もいると思います。
事実この遺跡はアンコール遺跡を紹介する本には、アンコールワットと共に紹介されて
いるので、見たことのある人も多いと思います。
この遺跡はもともと寺院で、遺跡は東西1km南北600mの壁に囲まれていて、その
中に遺跡が建っています。寺院の周りだけが観光用に整備されているだけで、
その他の壁の内側は、ジャングル。
とりあえず、その遺跡の中に足を踏みいてると、なんだか神秘的な雰囲気が漂ってきて
そこには、なんと遺跡にまとわりつくように成長した木がありました。僕も本で何度
も見た木だったのですが、実際にその場にいって実際に自分の目で見てみると言葉を失いました。
ただ呆然とその光景を見ているだけでした。
その木は、遺跡を上から押さえつける様に成長していて、今にも飲み込もうとしてい
るような感じでした。僕は前に森林関係の仕事をしていたので、木に関しては少しは知識
がありますが、この木は全くその常識をはるかに超えていました。
どうして、その木(スポアン)が成長したかというと、スポアンは成長するのに水だけを必要
とするだけで、もともと鳥が食べた木の実の種が糞として遺跡の上に落ちることにより成長
を始め、乾季に雨が降らなくなると、なんと遺跡の岩と岩の間に染み込んでいる水分を
えるために徐々に遺跡の内部に侵入していって成長を続け今の状況になったということ。
そんな木がこの遺跡には何本も立っていました。この遺跡は60%崩壊していて遺跡の
内部は崩れているとことばかり目立ちました。木々が遺跡にまとわりついているため、
切り倒して修復するのは今となっては困難で、遺跡と木々は共存するしかないようです。
そのスポアンが、今樹齢何年なのかは分かりませんが、きっと遺跡があるこの場所が
王都で無くなって、人の出入りが無くなった頃から徐々に成長を始め今の状態になっ
たと思われます。
なんか、不思議な感じがします。それは、遺跡は人間の手によって作り出され、その後
この木々達は人との係わり合いが無くなった、いわば主人のいなくなった遺跡に生をうけ
その後、ひっそりとわれわれ人間の目には見えないスピードでゆっくりと歳月を掛け
て成長していき遺跡を飲み込み巨木に成長して、数百年後の今また人間の目の前に現れました。
この木々は遺跡に住み着いてから数百年間人間の目に触れず成長してきて、今日
僕がこの遺跡を物目ずらしそうに見学している様をみてなんと思っているのだろう・・・?
なんか人間の一生なんて短くてチッポケナなもんだなーっと感心してしましました。
きっとこの遺跡を皆さんが訪れた時、感じることはそれぞれ違うと思いますが、僕はそう感じました。
その他、たくさんの遺跡に足を運びましたが、その一つ一つを紹介することは中々難しいので、
是非皆さん自分でカンボジアまで行って自分の目で見てください。
それから、遺跡とは関係ないのですが、カンボジアでは長く内戦が続いていました。
実際遺跡にも弾痕があるものもありました。シェムリアップには内戦の時に仕掛けられた地雷
の除去を行っている人がいます。僕はガイドブックを見てその地雷博物館にも行って
きました。
そこでは、大小さまざまな除去した地雷や、内戦当時の状況を説明する物が多く展示
されていました。内戦が終わり平和になった今でも地雷による被害がいまだにあり、問題
になっています。
僕がその博物館に行って感じたことは、戦争は本当に無残で悲しく、人間同士が殺し
あうことが人類の歴史において何の利益もないことだと感じました。
僕もまだ若く偉そうなことはいえませんが、我々日本人、特に若い世代は戦争と言うこと
について、関係の無い世の中で生まれ育ってきました。しかし、ほんの50数年前、
日本人がアジアの国々で行った行為を僕たちは忘れるべきではないと思います。
そういった意味からも、シェムリアップに訪れた際は是非遺跡とは別にこの地雷博物館にも
足を運んで見てください。
それから、今現在でもアンコール遺跡は徐々に崩壊を続けています。
皆さんがなるべく早い時期に遺跡を訪れることをお勧めします。
何はともあれ、カンボジアでの滞在を満喫した後、夜、飛行機でバンコクへ。
シドニーへのフライトは翌朝・・・・っということは10時間の乗り換え待ち!!
11KGのザックを背負って免税店を、ふらふらしていても時間は全くたたない・・・・
眠くもなってきたので空港内のベンチで横になって就寝。
夢の中に誘われていく途中、「俺ってバッパ-?」いや確実にバックパッカーになっ
てしまっている自分に気がついてしまった。1泊4ドルに部屋に泊まったり安い屋台の
ごはんを美味いといって食べたり、物価の安いタイやカンボジアで日本円にしたら何十円を
ケチってみたり、たくましくなったというのか、それに染まってきたのか!?
どっちにしても一昔前の自分よりもまた一つ成長(いい意味なのか悪い意味なのか?)
してきたかと思えばいっか。
とにかく翌朝9時間掛けてシドニーへ、4ヶ月ぶりにオーストラリアに来たけど、全く変わらない
当たり前だけど。4ヶ月ぶりに友達に会って、皆僕の為に時間をさいてくれて会ってくれたり
ビリヤードに行ったり。全く楽しく過ごさせてもらいました。ありがとう。
到着してしばらくしてから、メルボルンへ。
あいにくの雨の中バスツアーでグレートオーシャンロードへ行きました。
自然の景観が美しかったです。
長い間波によって陸地が侵食されて削られた結果、奇石が海に建っている風景は
日本には無い、さすがオーストラリアと思わせる自然の風景でした。
全長約250kmの海外沿いの道を走りながら、有名なサーフポイント(ベルズビーチ)
に寄ったり、野生のコアラを見たり、一日中バスに揺られていたような気もしますが
中々興味深いツアーでした。
オーストラリアで2週間の滞在の後日本に帰国。。あっという間の3週間の旅から帰って
来ると、日本の現実に直面!?貧乏バックパッカーから職なしのプー太郎へ転職、
現在の僕はアルバイトを探して日々苦悩しています。
これも人生か!
自分を見失うなー!
頑張れ自分!
というわけで、今回の旅の報告はこれでおしまい。また次回(予定は未定)旅に出かけ
ましたら、報告します。
それではまた
yosh,
※旅人帰国 2003.10.21